これを『運命の恋』と呼ばないで!
「危ない!」


駆け寄ろうとした人を手をで制し、「大丈夫です」と笑みを浮かべる。

こういうことには最近慣れっこになりつつある。
死期が近づいてると言われた日から、何処かしらボンヤリしてることが多かったから。


京塚先輩は差し伸べた手を引っ込めることもせず、そのまま私の手を取ってくれた。


「すみません」


青空先輩の時と違って、少しもときめいたりしない。


「こんな格式の高いお店に来たことないから緊張してしまって…」


一応の言い訳くらい話さそう。
ホントはそそっかしいのが原因だけれど。


「ナッちゃんと食事できるから嬉しくて。選び過ぎたかな」


優しい話し方は変わらない。
先輩のこういうところが大好きだった。


「何飲む?…の前にお酒は飲めなかったね」


覚えていてくれたんだ。


「はい。今もまるでダメです」


答えながら思い出した。
私がこの人と初めて結ばれた日は、サークルの飲み会で断りきれずにお酒を飲んだ夜だった。



(変なこと思い出しちゃったな)


先輩に悟られないうちに飲み物を頼もう。


「…私、梅ジュースをお願いします」


雑誌にこの店の梅ジュースが美味しいと書かれてあるのを読んだことがある。


「僕は生で」

「畏まりました」


注文を受け付けた仲居さんが部屋を出ていく。



「予約時にコース料理を頼んだけど良かった?」


心配そうに尋ねられた。


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