恋凪らせん



店の外に出ると、まだ数人が立ち話していた。せっかく遅く出てきたのにな。さっさと二次会でもなんでも行けばいいのに。

「あ、京子だ。ねえねえ二次会行こー」
「ごめーん。彼が迎えに来るから帰るよー」

えー? ざーんねーん!

呂律の回らない酔った口調で何人かが声を合わせる。やはりその中に羨望の色を敏感に感じ取って、あたしは色の落ちかけた唇を左右に引き上げた。
じゃあねと手を振って大通りを目指す。「またねー」と尾を引くトーンの高い声を引き剥がすように足早にその場を離れた。

街灯が煌々と照らす大通り。街路樹の葉影が濃く足元に落ちている。この通りのどこかに彼が迎えに来ている……ことになっている。

「……いるわけないっつの」

あたしはごうごうと車が行き交う大通りを歩きながら、ちらちらと周囲に視線を走らせた。知り合いはいない。
それを確認し、顔を伏せ気味にして路肩に列をつくるタクシーの先頭に近づく。後部座席のドアが開くや否や、あたしはするりと車内に身を滑らせた。

広げていたスポーツ新聞をたたんで助手席に放った初老の運転手に行先を告げて、シートに深く腰を沈める。
自分でもはっとするほど大きくて深い溜息が出た。運転手がバックミラー越しに視線を寄こしたのがわかったけれど、もちろん無視。
攻撃的にさえ思える真っ赤なエナメルのバッグを胸に抱え、あたしは目を瞑った。

また言えなかった。またダメだった。

誰かに一言、そうたった一言「彼とは別れたの」と言えればきっと楽になる。
くっついたとか別れたとか、そんな話は掃いて捨てるほど転がっていて、あたしの話もそんな中のひとつってだけ。言ってしまえば肩の荷も下りる。

でも言えない。あたしはずっと嘘をついている。
あまりに惨めで、なんの意味もなさない嘘をつき続けている。



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