恋凪らせん
*有咲 ~うなずく女~*
「有咲~、来週の飲み会行くよね?」
同じフロアの先輩がペンを器用に回しながらメモ帳片手に近づいてきた。その指さばきがあまりに見事で見惚れてしまい、何を訊かれたか一瞬見失って「えっ?」と間抜けに訊き返してしまった。
「ほら、来週の、部長が発案した親睦会」
「ああ……」
そういえばそんな迷惑な回覧がまわってきてたっけ。部長の召集じゃ無下にも断れないけれど正直面倒くさい。なにが悲しくて金曜日という解放感に満ちた日の夜に決して安くない会費払って、自慢ばっかりの上司や愚痴ばっかりの同僚につき合わなくてはならないんだろう。たしか先月も親睦会と銘打って飲み会があった気がする。親睦はもう充分深まったとみていいと思うけど。
だいたい「行く?」じゃなくて、「行くよね?」って訊きかたどういうこと?
参加が前提の訊きかたになってるけど、失礼じゃないですか?
ナントカ動画の流れるコメントのように次々に脳内を横切っていく本音たち。でも意識しなくてもオートで出る表情はにこやかな笑顔だ。
「もちろん出席しますよ」
「だよね~。有咲はいっつも参加だもんね。ハイ、まる、っと」
上機嫌の先輩はまたペンをくるりと一回転させメモにチェックを入れた。
「助かるー。人数揃わなくてヤバかったんだ。言いだしっぺが部長だしさ」
ペンとメモを重ねてわたしを拝むように片目を瞑ると、先輩は「ありがとね」と踵を返しいそいそとほかの人のところに歩いていった。
わたしは背中を椅子の背もたれに預けると、肩を後ろ側にぐっと反らした。肩甲骨のあたりでぴきっと骨が軋む。
それが身体の中から漏れた舌打ちのように聞こえて、わたしは溜息をついた。