恋凪らせん



気もちに合わせて曲がっていた腰をまっすぐ伸ばし、企画書に再度目を通そうとしたとき「湯川」と低く呼ばれた。声の主はすぐわかり、わたしは顔をしかめて振り返る。

「なんですか、中杉くん」

同期の中杉 誠人はわたしのデスク横で苦い表情を浮かべている。敬語はわざと、つっけんどんな物言いも意図的だ。

「また簡単に飲み会OKしたのか?」
「……わたしの勝手だと思いますけど」
「本心から行きたいんなら文句言わないけど、そうじゃないだろ?」

まただ。少し前からこの人はこんなふうに知ったような口を利く。とくに親しかったわけじゃないのに最近変に絡んでくるようになった。
しかも表面に出したことなどないはずの本音を見抜いてくる。

「……ほら。そういう顔が本心じゃないのか?」

言われて思わず頬を触る。近頃中杉くんには、物事をやり過ごすための笑顔がオートで出ない。動揺を隠そうとわずかに俯くと、彼はわたしの肩にぽんと手を載せた。

「観念しろ。あの夜から湯川の本心はオレにはダダ漏れだ」

あの夜、という意味深な言葉にわたしははっと顔を上げた。
あの夜……あの夜……? たぶん先月の飲み会だ。

いつもはきちんとセーブするのに、あのときはやたらお酒を勧められて断りきれずにけっこう飲んだ。途中から記憶があやふやなのはあの夜だけだ。思えばあの頃から中杉くんが絡んでくるようになった気がする。
必死で記憶を掘り起こそうと試みるも、やっぱり憶えていない。

朝起きたら隣に裸の中杉……なんていうこともなかったから、そっちの過ちはなさそうだけど、自分が憶えていない姿を彼が知っていることがなんだかおもしろくない。
探るように上目づかいで中杉くんを見ると、彼はにやりと目を細め口角を上げた。

「なにがあったか気になるだろ? 聞きたいか?」



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