恋凪らせん



京子が奥の席に割り込んでいき、鈴木が戻らないので私の前は空っぽだ。
「あたしの彼ってさ~」とワントーン高い京子の声が聞こえる。そういえばずいぶん自慢してたっけ。外資系の会社でけっこういい役職に就いているとか、モデルばりのハーフで誰もが振り返るイケメンとか?

いいなあと頬杖をついたとき、ふっと横に気配が降って「あれ? 俺の席……」という呟きが聞こえた。顔を上げると、同時に顔をこちらに向けた康平と目が合う。

高三のときだけ同じクラスだった。ひょろりと背の高い康平はたしかバスケ部だったはず。いつも眠そうな目をしてぼーっとしてるのに、体育の授業がバスケだと途端に人が変わったように生き生きしてたっけ。
康平はたぶん……私が決して大人しい女じゃないことを知ってる。

いつだったか、私がカレーパンを食べようとしていたときのことだ。放課後、委員会の前に小腹を満たそうと鞄からパンを取り出し、いつものように袋を片手に載せて上から叩いた。ぱぁん! というけっこう大きい音が響く。潰れたカレーパンをいそいそと袋から出していると「びっくりした」という、さほど驚いてもいないような声が聞こえた。康平だった。

「なんで潰すの?」
「え? カレーパン潰さないの? ぺったんこにすると一口目からカレーに出会うよ?」
「なんで袋叩くんだ?」
「んー、ストレス発散? いい音するじゃない?」
「カレーパンでストレス解消するなよー。けっこう豪快だな、和花は」

そう言って康平はおもしろそうに笑った。

変なところを見られたなあとは思ったけれど、康平の対応は嫌じゃなかった。そんなところも私の一部と認めてもらえたようで気が楽だった。それまでさほど話をするような間柄ではなかったけど、仲よくなれそうな気がした。

でも康平はあまり女子とはつるまないタイプで、それ以後もとくに親しくなったりはしなかった。
今日も彼の顔を見て、ようやくこのエピソードを思い出したくらいだ。



< 3 / 63 >

この作品をシェア

pagetop