恋凪らせん



出会いはありふれていた。たまたま講義で隣に座り、たまたま教科書を忘れたあたしに彼が本を開いて見せてくれた。ただそれだけ。
でも、それだけのことが嬉しかった。ふつうに接してくれたことが、とても嬉しかったのだ。

その日からあたしは「利弘くん利弘くん」と彼を追って歩いた。苦笑しながら振り返ってくれる利弘くんが好きだった。
話も合ったし優しかった。一緒にいると楽しくて、あたしからの告白に彼がうなずいてくれたときは、天にも昇る心地だった。運命だと思った。
ただ恋人同士になった途端、すぐに体を求められたこと、会えば必ず行為が伴うことが少し引っかかった。

『利弘、週末なんだけど……』
『悪い、バイト入ってる』
『えっ? だって水族館行こうって……』
『だから悪いって言ってるじゃん。じゃあさ、バイト終わった頃うちに来てよ』

小さな引っかかりは、小さな不安に成長した。

利弘にとってあたしはどんな存在なのだろうと考えることが多くなった。
あたしから連絡をすることは拒否された。会うのはいつも彼の都合。会ったら会ったでデートといえば近場で買いもの、あとはどちらかのアパートでひたすら肌を重ね互いを貪る。

こんなものなのだろうかと諦めかけたころ、漠然としていた不安がはっきり形になった。利弘のメール送信ミスだ。笑えない事実がスマホの画面からあたしを嘲笑っていた。

<珠莉は彼女じゃないって。体だけだよ。向こうだって遊んでるに決まってる。お互いさまなんだよ>

誰に送ったつもりのメールだったのか。謝罪も弁明もなかったから、間違えたことにも気づいていなかったんだろう。お粗末な話だ。



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