恋凪らせん



『恋愛経験なさそー』

田宮くんの言葉がぐるぐると頭の中を廻る。ちょっと小綺麗な、いかにもモテそうな風貌の田宮くんに言われると妙に苛つきが増す。
それがもうぴたりとご名答なものだから、さらにおもしろくない気分になる。二十年の人生、恋だの愛だの浮かれたことなど一度もなく、まさに枯れた道を突き進む尼僧のような態なのである。

男の子がわかんない。

女の子がこの台詞を使うとき、そこにはちょっと大人びた響きが交じっていたはずだ。本当は察しているけど、あえて「わかんない」と拗ねているような。
けれど、わたしは本当に心から一欠片の嘘もなく、まったく男の子が理解できなかった。

小学生くらいまでは男も女もあってないようなもので、一緒くたにわいわいできたのに、中学に入ったら背は伸びるし声は低くなるし髭は生えるしで、近寄りがたい存在に変貌してしまった。
まったくわからない生き物になってしまって、もう距離をおくしかなかった。間に線を引くしかなかった。

この線から入ってこないで!

中学校に入学したばかりの頃、男子を意識するあまりクラスの女子が涙目で言い放った。机を並べても定規なんかを間に置いて「ここから入んないで」とか。体育の時間、校庭で列をつくって座ったときに地面に境界線を書いてみたりとか。

子どもだったな、幼かったなと思う。でもわたしは安心していた。みんなも自分と同じように男子が苦手なんだと思っていた。わけのわからない存在は遠ざけて当然なのだと高を括っていたのだ。
けれど、これが高校生になると様相は一変する。俄然感覚は変わり、自分たちが引いた線など初めからなかったみたいに男女が自然に惹かれ合っていく。

どうして? なんで? とわたしが右往左往しているうちにきちんと思春期を消化した彼女たちは、それぞれに花開いて恋愛を謳歌し始めていた。



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