恋凪らせん
真横に立った康平と目が合ってしまったので「どうしたの?」と訊いてみる。
話しかけられるとは思わなかったらしく、康平はびっくりしたように目を瞠った後、片手で頭を掻いた。
「いや、俺のいた席に京子が座ってるんだよ」
すでに混沌と化した居酒屋は席も大きくシャッフル状態で、さっき京子が割り込んでいった場所が康平の席だったらしい。
自分が座っていて、背の高い康平が立ったままなのでものすごく高い位置に彼の顔がある。私はほとんど真上を向いて話していた。
「……まいったな」
「ここ座ったら?」
私はぽっかり空いた目の前の席を指さす。
「え、誰かいるんだろ?」
「鈴木がトイレに行ったよ。でも康平がここにいたら別のとこに行くんじゃない?」
今の康平みたいにと続けると、彼は納得したように頷いて私の向かい側に腰を下ろした。座ると少し猫背になる。
康平は出入口近くに並べられていた新しいコップに手を伸ばし、蓋が開いたままでぬるくなったビールを無造作に注いだ。ビールはしゅっとも弾けず、たださらさらとコップを満たした。もちろん泡なんか立つはずもない。
それでも文句も言わず半分ほど呷ってから、康平はふいに顔をこちらに向けてまっすぐに私を見た。
屈めた背中のおかげで、覗き込まれるような感じになり少しどきりとする。
眠そうな目だと思っていた瞳に色気を見つけて、さらに心臓が跳ねた。
康平は開きかけた口を一度閉じたけれど、コップの残りのビールを飲み干すと「あのさ」と意を決したように切り出した。
あ。なんだか嫌な予感がする。
「和花。俺さ、実はあの頃……」
内心私は盛大に溜息をついた。四人目の登場かと思ったら一気に冷めた。それが康平だということが悔しくて淋しい気もちになる。けれど、続けた彼の言葉は意外なものだった。
「……あの頃、和花とミステリの話がしたかったんだよな」