恋凪らせん
「お兄さんすみませーん。お店間違えてますよー」
「はあ?」
男の腕を掴んだ田宮くんはにこにこしながらガラスの向こうを指さした。つられて男の視線がわたしから外れる。
「ほら、そういうお店はあっち……」
言いながら店の西側に位置する駅方面を指す。駅裏には風俗まがいの店が連なっている。
「でね、お兄さんがここであんまり騒いじゃうと、俺あっちに電話しなくちゃいけなくなるから」
そう言って田宮くんは東側を示す。ガラス越しにも交番所の赤色灯が鮮やかに見えた。男は我に返ったように背筋を伸ばすと、なにやら口の中でもごもご言い訳らしきことをくり返し、ふらつく足で店を出て行った。途端に体の力が抜ける。
「大丈夫ですか? なんで絡まれてたの?」
「べつに……」
言いながらつい視線が避妊具の箱に向いてしまい、それに気づいた田宮くんはおおよそを察したようだった。
「彼もいない人には目の毒でしょうが」
「なに言って……」
荒げかけた声を慌てて潜める。まだ店内で美里さんが接客中だ。
「じゃあいるの? コレそろそろ買わないとーって見てたわけ?」
頭にかっと血がのぼった。「サイテー」と低く唸るように声を絞り出し、さっと残りの陳列を済ませるとわたしは勢いよく立ち上がった。そのまま大股でレジの方へ向かう。途中、会計を終えたお客さんとすれ違ったけれど「ありがとうございました」と言うのを忘れてしまった。
怪訝そうなレジ内の美里さんの横を抜け「顔洗ってきます」とだけ告げてバックヤードに入る。隅っこの洗面台で本当に顔を洗っていると背後に人の気配がした。ハンカチで顔を拭きながら肩越しに振り向くと、渋い顔の田宮くんが腕組みをして立っていた。
「なにが気に障ったの? 彼のこと? ゴムのこと?」
「…………両方」
「なーんでそんなに頑なかな。疲れない?」