恋凪らせん



頑な、という表現が刺さった。自分の意固地で浅くて面倒な部分をすべて見抜かれている気がした。唇を噛むわたしに田宮くんは続ける。

「小野さん、いろんな男の人とよく来るあの女の人キライでしょ? でもちょっと羨ましそうにも見てるの知ってる?」
「そんなこと……!」
「あるの。わかるの。俺はずっと小野さんのこと見てたからね」

息を飲んだ。前髪から雫が落ちて制服の色を小さく変える。

「俺が初めてここ来たとき仕事いろいろ教えてくれたでしょ? そのときからいいなあって思ってた。優しくて丁寧で、年上なのに抜けてるとこもあってそれが可愛くて。でも最近ちょっと俺のこと避けてますよね? ていうか、正直線を引かれたのを感じる。ここからこっちに来るなっていう無言の圧力もね。どうしてかわかんないけど。……でも」

田宮くんが一歩近づく。気圧されてわたしは一歩下がる。

「俺は踏み込みますよ。小野さんのことがもっと知りたいんだ」

体中の熱が顔に集中したように頬が熱くなった。言葉が出ない。

田宮くんに仕事を教えていた当初は仲がよかった。弟ができたみたいに楽しかった。それが「ちょっと苦手」と感じるようになったのはどうして?
見透かされているような視線の中に、男の色が交じるようになったからだ。

どんな反応をしたらいいのかわからない。泳ぐばかりの視線に戸惑っていると、開けたままだった入口のドアがコンコンと鳴った。

「お取込み中悪いけどお仕事してねー。ネタにしちゃうわよ~」

戸口には満面の笑みの美里さんが立っていた。
美里さんは小説投稿サイトに作品を発表しているらしい。しかも恋愛小説が主だと聞いた。そのネタにされるなんて恥ずかしすぎる。さすがの田宮くんもバツが悪そうに頭を下げた。

「すみません。今出ます」
「はいはーい。先に戻るねー」

楽しげな笑い声を残して美里さんが店のほうに姿を消すと、田宮くんが半ば硬直するわたしとの距離を素早く詰めた。

「ほら、俺たちにはこの程度の距離しかない。もういくら虚勢を張っても無駄だよ。覚悟しててね、亜由美さん」

田宮くんは蜜がとろりと滴るような声でわたしの名前を呼ぶと、三日月みたいに弓なりに目を細めて店に戻っていった。

これからどんな顔をして会えばいいというのか。息が止まるような発言をいくつも投げていった田宮くんが恨めしい。
それでも不快ではなかった。過去、引くだけ引いた線の上になにかが芽吹いた気もする。もしそれがいつか花咲き、実を結ぶ日がくるなら、わたしも変われるのかもしれない。
そのときいちばん近くにいてくれる人は誰だろう。

久しぶりに馳せた未来はどこか明るく優しかった。





―― 了 ――



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