恋凪らせん
*美里 ~寝不足の女~*



『俺は踏み込みますよ。小野さんのことがもっと知りたいんだ』

いいもの見たなあ、いいもの聞いたなあ。現実は小説より萌え深きなり!
満面の笑みで見上げた宵の空にはぽかりと浮かぶ丸い月。いつもは疲れて重くなるバイト帰りの足取りも、今日は軽やかだ。軽やか過ぎて自然と歩調が弾み、いつしかスキップになる。

二十二歳女子の全力スキップ、全開の笑顔を添えて。

フランス料理みたいな一文が浮かれた脳内を流れていく。思わず「ふふふふふ」と声に出してしまい、すれ違った年配のサラリーマンがびくりと肩を揺らすのが見えた。たしかにちょっと尋常じゃないと自分でも思う。
恋っていいなあ。足を止めてしみじみうなずく。こんなに人の心が動く感情もそうそうないと思う。

男をころころ変えては酒とゴムを買っていく女や、ちょっと斜に構えながらも熱い視線を送る高校生と、送られていることに露ほども気づかない女子大生。

身近なところにも恋のネタがこんなに溢れている。シフトを少しきつめに入れているバイトだけど、楽しくて仕方ない。講義との兼ね合いで体が辛いときもあるけど、辞める気はさらさらない。

ふっと目を閉じるとさっきの場面が鮮明に甦ってくる。たとえばあのシーンをクライマックスに据えるとなると、その前後は……冒頭は……ラストは……。
創作意欲が湯水のように湧いてくる。でも新作に手をつけるよりも、連載中の作品を仕上げることに集中しなくては。

帰ったら書こう。夕飯やお風呂は短縮バージョンでいい。さらっと済ませてパソコンを立ち上げて。明日の講義は二限目からだから、少しくらいなら夜更かししても大丈夫。
自分が生み出したキャラクター、台詞、彼らが生きる世界が次から次へと動いていく。前回書き上げて更新した、その先の物語が頭の中に収まりきらないくらいに溢れてくる。

書きたい! 早く、早く書きたい!



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