恋凪らせん
あたしはスキップから小走りになってアパートに辿りついた。コンクリートの階段をスニーカーで駆け上がり、二階のいちばん奥の自分の部屋を目指す。早足のまま鞄に手を突っ込み鍵を引っぱり出したとき、通路に違和感を感じた。
部屋の玄関ドアの横、台所に面する小窓からもれる柔らかい光が通路を照らしている。朝に消し忘れたということはないと思う。
ということは、そうか、修司か。修司が来てるのか、彼がいるのか。
途端に今までの楽しくて弾んだ気もちがしゅるんと縮んだ。
修司はあたしの恋人だ。つき合ってもう三年になる。同じ大学で同じ学年で、たまたまゼミが同じだったことから知り合って意気投合した。小さなことにはこだわらない大らかな性格と、子どもみたいな屈託のない笑顔に惹かれた。
彼のアパートもこの近くで合鍵も渡してあるから、ときどきこうやって遊びに来る。修司のことはもちろん好きだし、遊びに来てくれるのも嬉しい。
でも、どうして今日なんだろう。なんでこんなに創作熱が高まっている今夜に限って来ちゃうかな。
この時間にいるんだから泊まっていくつもりだろう。明日の講義はふたりともあるけれど二限目からだし、あたしのアパートからのほうが少しだけ大学に近いし。
あたしが小説を書いてサイトに投稿していることは修司も知っているけれど、さすがに彼が来てくれているのに「あたし小説書く」とは言えない。修司が眠ってからじゃないと、パソコンも開けない。
小窓を通してくる光を眺めながら、あたしは足を止めて心の中で「あーあ」と溜息をついた。がっかりしちゃダメだ。恋人が来てくれているのにこんなことを考えているなんてひどい女だ。
でも、今夜は連載中の作品の続きを更新して、頭の中に渦巻いているネタを新作のプロットとしてまとめたかった。それが今日はできないんだと思うと、胸の中の不満ゲージがぐんぐん上がっていく。
あたしは出しかけた鍵を鞄にしまい、頬の筋肉を両手でほぐした。修司の前では笑っていなくては。
深呼吸をして口角をムリヤリ上げると、あたしは玄関のチャイムを押した。