恋凪らせん



「ミステリ?」

まったく予想外の言葉に、私は間抜けにもぽかんと口を開けたまま康平を見る。
康平はテーブルに両肘をつき、身を乗り出すようにして頷いた。

「よくクラスで本読んでただろ? 図書室もけっこう利用してたよな? ちらっと見て中井 英夫の“虚無への供物”読んでたときは、渋いなーって思った」
「えっ? もしかして康平も読んだことある?」
「おう、読んだ読んだ。江戸川 乱歩も横溝 正史も小栗 虫太郎も読んだ。綾辻 行人、京極 夏彦、宮部 みゆきに恩田 陸も好きだな」

好きな作家はもっといるけど、多すぎて挙げらんない。
そう言って康平は楽しそうに笑った。嬉しそうで照れくさそうなその笑顔に、心がさわさわと波立つ。私の方からも身を乗り出し、康平を見つめた。

「あの、クリスティとかは?」
「読破済。ダインにポウ、ルルーにクイーン、シドニイ・シェルダンにもはまったなあ」

ぞくぞくした。読書の好みがモロ被りだ。

ミステリ好きの私は、国内海外問わず相当数の作品を読んでいると自負している。これは試してみるしかないと思い、マイナーな、でも名作だと確信している作品を数作挙げると「読んだ。めちゃくちゃおもしろかった!」という嬉しい答えが返ってきた。

調子に乗ってあれもこれもと話を振ってみると、康平は欲しい返事をこれでもかというほどくれた。
こんなに話の合う人は初めてだった。ひとつ作品を挙げると、多様に話題は膨らみ次々に発展していく。中には私が未読の作品もあって、康平の話を聞いていると本屋に走りたくてたまらなくなった。

もっと話したい。康平と、もっともっともっと。

康平も楽しげで身振り手振りも大きくなって笑顔が途切れない。それが妙に嬉しくて、私もずっと笑っていたように思う。
あの本も読んでるかなと唐突に思いつき口を開きかけると、座敷に「そろそろ時間だよー」という幹事の無情な声が響いた。



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