恋凪らせん



丁寧に最後の一文まで読み終えて、しばし余韻に浸った私はパソコンに向かって拍手した。ずっと追いかけてきた、あの作家さんの連載小説が完結したのである。

賑やかな雰囲気で始まった作品が、主人公の過去が明らかになるにつれ切なくなり、友情あり親子愛あり恋愛ありの豊かな展開を見せたあと、懐かしくも嬉しい最初の賑やかな雰囲気に戻って幕を閉じた。
文章は技巧が拙いところも見られたけれど、そのぶん勢いがあった。だんだんと読みやすく洗練された表現が増えて成長が感じられる。なにより、楽しんで書いている気もちが伝わってきて読んでいる私も楽しかった。
またすぐに連載というわけにはいかないだろうけど、彼女の作品ならいつまでも待てる。アラサ―女をここまで虜にするのだからすごいと思う。

私はまだ去らない物語の余韻を胸に、ラグにごろりと寝転んだ。ときめいた台詞たちが頭の中をよぎっていく。

『もう決めたんだよ。全力でおまえと最後の恋をしよう、って』
『嘘が下手だな。そんなの……全身で好きって言ってるようなもんじゃねえか』
『俺の女に触るな!』

ありふれているけれど、だからこそ響く言葉がある。言って欲しい言葉もある。

さまざまな経験の上に立ち、互いに邪魔にならない安心感が特化した和彦との関係に不満はない。でももっとときめいたり、刺激があったりしたらなにかが変わるのだろうかとも思う。
けれど現実の恋愛なんて、小説のような劇的な要素はそうそう盛り込まれていない。このままゆるゆるとつき合って……私は来年三十だ。

天井を見上げたまま大きく息をついたところに、軽やかなメロディが聞こえてきた。スマホに着信だ。
和彦だといいなと飛びついてみれば、画面に示されている名前は妹の和花だった。思わず失望の「なぁんだ」が口を衝く。最近彼ができたと浮かれていたけれど、なにかあったのだろうか。



< 56 / 63 >

この作品をシェア

pagetop