恋凪らせん
「みんなもさ、和花の表面だけに憧れてたわけじゃないと思う。男女に対する態度に裏表がないとことか、実はけっこうサバサバしてるとことか、そういうとこ、見てるやつはちゃんと見てるよ。いろいろひっくるめて、やっぱり和花は高嶺の花だったんだよ。あの頃の俺たちじゃ太刀打ちできなくて、彼女ができたり結婚することが決まったりしてから、やっと言葉にできるくらいに」
「それじゃあ、私はどうしたらいいの? 経験値空っぽのままどうすればいい?」
康平にあたったって仕方ない。けれど駄々っ子のような気分で、私はつながれたままの彼の手を揺らす。
康平は空いたほうの手を私の頭にぽんと置いた。
「そのまんまの和花がいいってやつ、絶対現れるって。高嶺の花なんかじゃない~って拗ねてる和花が可愛いってやつがさ。経験値とか関係ない。和花はそのまま咲いとけ」
頭の中に康平の言葉がぐるぐる回る。心の中が康平の笑顔で埋まっていく。あたたかくて甘い気もちが広がっていく。
この気もちには名前がある。その名前を私は知っている。この気もちが育って花開くかどうかは、きっとこれからの私次第だ。
「ま……そういうことを考えてるやつ、確実にひとりはいるからさ」
「え? 誰?」
「あー、それ訊き返しちゃうとこは和花だなー」
首をかしげると、可笑しそうに康平が肩を揺らす。そうしてつないだ手に力を入れると、康平は軽く自分のほうへ手を引いた。
「遅くまでやってる本屋知ってるんだけど行く?」
行く行く! さっき教えてもらった本が欲しくて仕方ない。つないだ手をそのままに康平が歩き出す。合せてくれる歩幅が嬉しい。
「あ、そうだ」と康平が腰を屈めて私の顔を覗き込んだ。
「俺もさ、今はカレーパン潰す派なんだ」
ホントに一口目からカレーがくるよなとまじめな表情で頷く康平に、私は声を上げて笑う。夜風が揺らす黒髪が私の心を映すかのように楽しげに跳ねた。
―― 了 ――