彼女達の事情
「一之介、お前、このまま黙って見てんの?」

歩立に、そう言われて、一之介は、無言でゆっくりと立ち上がる。
そして、一之介は、とても真面目な顔をして、彼女の方へと向かった。

歩立と二三は、テーブルに着いたまま、視線を動かし、一之介の動きを追う。

一之介が彼女と、その彼氏がいちゃつくテーブルの前に立つ。

カップルは、自分たち以外の人間の気配を感じ取り、一之介の方へ顔を向ける。

一之介の姿を認めた彼女は、驚きすぎたのか、目を丸くして、こう言った。

「きっ……キープくん!」

うっかり、そう口にした彼女に、彼氏が、怪訝な顔で誰だよこいつという声が、一之介の耳に入る。
一之介は、当然だか、怒りで顔を真っ赤にした。

その様子を見ていた歩立と二三は、これから修羅場が始まると思った。

しかし、二人の予想は外れた。

彼女に、罵詈雑言を浴びせ様とした一之介だったが、しかし、一之介は彼女が左手の薬指にはめている指輪を認め、そして、その指輪と同じデザインの指輪が彼氏の指にもはめられている事にも気付く。

それらは、誰がどう見ても安物の指輪だった。

それを、彼女は左手の薬指にはめている。

今、彼女は不安げな顔で一之介を見ながら、無意識にだろう、その指輪を右手の指の先で、そっと撫でつけている。

一之介は、その彼女の様子を見て、カップルからスッと顔を背けると、何も言わず、店の出口へと走った。

カップルも、歩立も二三も、何が何だか分からない顔で、店の外へ去っていく一之介の後ろ姿を見ていたが、やがて、歩立が慌てて席を立つ。
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