よるのむこうに
ことさらに矯正したつもりはないけれど若い彼のほうが私の生活に適応し、勝手にいろいろと吸収していったのだ。つい最近もごみの分別を覚えた。
つい最近ごみの分別を覚えたばかりの人間を社会に放流していいのかと少し怖くなったけれど、でも、天馬はなんだかんだいって私みたいなほったらかしの女とだってうまく(?)やったじゃないか。
「……ねえ、天馬……」
「んぁ?あんだよ」
開け放ったベランダから涼しい風が吹き込んで汗が少しずつ引いていく。
気持ちいいな、きっと私よりもずっと汗っかきの天馬はもっと気持ちいいと思っているだろう。
そのタイミングで私は口を開いた。
「あのさ、残念なお知らせなんだけど」
「おう、」
「あのね、私、仕事辞めたんだ」
天馬はそこで初めて目だけを動かして私をちらりと見た。
「ふうん」
「でね」
「おう」
私は座卓の下でぎゅっと手を握り締めた。さっきほぐしたばかりなのにもう人差し指の関節が固まっていたらしく、鈍い痛みを感じた。