よるのむこうに
「親にももう随分会ってないし、故郷に帰ることにした」
天馬は箸を置いて顔を私のほうに向けた。真剣になると怖いほどきつくなる顔だ。でも、私の好きな顔だ。人工物のように整っているのに、野性を感じさせる美しい顔。
「天馬、……もう、別れよう」
天馬はしばらく答えなかった。
どこかの家の風鈴が遠くで鳴っている。
その音を聞きながら、私は目を落として膝の上の拳をじっと見つめていた。
次第に沈黙が息苦しくなって、とうとうたまらなくなった時、やっと天馬が口を開いた。
「お前、なんかあったの」
「……や、何かあったってほどのことはないんだけど……なんか、体調もよくないし、いろいろ考えたんだ。
これからの私の人生のこと、教師って仕事のこと。
それで、故郷に帰るのが一番じゃないかって思ったの。
突然で悪いんだけど、この部屋は引き払うから、引越し先を見つけて欲しい。
家探し、手伝うし……私の都合で引っ越してもらうんだから引越し代金とか、払うし。家電も……欲しいのがあったら譲るよ。結構古い家電ばっかりだからいらないかもしれないけど、実家には家電は揃ってるから持って帰っても邪魔になるんだ」
私は天馬の反応を見るのが怖さに早口でまくし立てた。聞きようによってはどこか浮かれた口調に聞こえたかもしれない。
天馬があっさりとその提案を受け入れるのも怖いし、なぜそうなるのだと突っ込まれるのも怖かった。
「……そうじゃねえだろ」