よるのむこうに
いらだった天馬の声。それはまるで動物が敵を威嚇するように低く、唸り声に近かった。
次の瞬間、私は右手をつかまれて強く引き寄せられた。大きな手につかみあげられた私の手首がきしんだ。
天馬のきつい瞳は私を見据えた。私はその目をまともに見つめ返すことができない。
「家とか、家電とか。んなことどうでもいいんだよ。
お前……ほかに男ができたのか」
いつもだるそうで夏はことに昼頃まで半分寝ているような顔をしているくせに、一瞬にして火がついた天馬の目はぎらぎらと怒りに滾(たぎ)っている。その目を見た瞬間何かが壊れてしまいそうで、私はじっと床の木目を見つめていた。
「天馬、痛い」
「……どこの男だ。俺が話をつけてやる」
一瞬、別れ話がこじれないようにほかに誰か好きな人ができたように話を持っていこうかと思ったが、天馬に限っては余計に話がこじれそうだ。下手をしたら警察案件になってしまう。
「天馬、痛いってば。落ち着いてよ、」
「……携帯、貸せ」
その瞬間、息が止まったような気がした。