よるのむこうに

「ちょっと、聞いてよ、返して!」


天馬が携帯を操作している横から隙を見て携帯を奪おうとした。天馬は携帯の画面から目を離さないまま、私の手をつかんで私の体を床に引き倒した。
背中がフローリングにぶつかって鈍い音を立てた。


「いたっ……」

「俺はもっと痛ぇよ、バーカ」


胸倉をつかまれて低くそう囁かれた。
怒りでぎらぎらと滾っていたはずの瞳には、どこか遣る瀬無い悲しみが宿っているように見えた。

バカ。あんたなんか何も知らないくせに。
私だってできれば今までどおり気楽に生きていたい。
食べていくだけのお金があって、好きな仕事に就けていて、天馬が家にいる。
いつかこんな暮らしは終わってしまうとずっと予感していながら、けれどそれは今ではないとずっと信じていた。

そして結局、こんな状態は続かなかった。
私の病気という抗いがたい大きな波が、私達の生活をさらってしまった。



「お前はついこの間まで俺に惚れてた。
それなのになんだよ、突然。
男ができたって考えるのが自然だろ」

天馬は私の上に馬乗りになったまま、私の携帯からどこかに電話をかけ始めた。

男ができたから別れる。
病気になったから別れる。

どちらがこの人を傷つけるだろう、いくら考えても天馬の剣幕に狼狽した私の頭は整理がつかない。
天馬は私の上に馬乗りになったまま、私をにらみつけた。


「お前は俺の女だ。
……おい、お前。俺の女に会っただろ」

「やだ、ちょっと、天馬ッ……!」


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