よるのむこうに
「……いますぐ夏子ちゃんの上からどけ」
すぐに現れた彰久くんはなぜか前髪をシュシュで留めていた。服装も、いつもは小物にもしっかりと気を配る彼がTシャツ、ジャケット、デニムパンツというあっさりとしたコーディネイトだった。
おそらくくつろいでいたところに天真の怒りのの電話が入り飛んできてくれたのだ。
男二人は敵意をむき出しにしてにらみ合い、今にも殴りあいになりそうな雰囲気だった。
「お前に命令されるいわれはねぇよ」
「どかないなら腕づくでもどいてもらうぞ。
……お前さあ、別れを切り出されたからってみっともないまねすんなよ。愛想をつかされたら潔く引いてみるのも男の器量ってもんだぞ。クソダッセェ。
女の子にこんな事したらもう復縁の可能性もゼロだ」
彰久くんは呆れたようにそう言い、靴を脱いであがってきた。
復縁を視野に入れつつあえて「引いてみる」ってなんだ。彰久くんよりもずっと年上なのに、私にはそんな駆け引きめいた発想はなかった。
この人は普段どんな恋愛をしているんだ。彼は私を助けに飛んできてくれたというのに、ちょっと引いてしまう。
「ダセェとか関係ねぇ。
こいつは俺の女だ。お前、人の女に手を出してその顔が無事ですむと思ってんじゃねえだろうな」