よるのむこうに
彰久くんは私にだけ爽やかな笑みをむけると、小さく私に手を振った。
ここに入ってきたときは燃え立つように怒っていた彼なのに、もう気持ちのスイッチが切り替わっている。面倒見はいいけれど、ここまで、と決めた以上には踏み込まない。
「あとで電話するね。迷惑をかけてごめんなさい」
ひたすら恥じ入っている私に、彰久君は振り返りもせずに手を振った。
解決したことをいちいち振り返らない姿勢がはっきりとしていた。彼は親切だけれど、ここまでと決めた以上には振り回されない。いい人だけれど、頭の芯は冷えている。
むしろ……。
私は私を見下ろしている男の顔を見上げた。
天馬はため息まじりに自身の長い前髪をぐしゃっとかき回した。
「お前……なんで言わねえの……」
「……言いたくなかったから……」
天馬は疚(やま)しさから目をそらした私の顎をつかんで、顔をあげさせた。
「二年もいっしょに暮らしてそれかよ」