よるのむこうに
「おい、行って来るわ」
寝室の戸を少しだけあけて、天馬が顔を覗かせた。
私は目をこすりながら上体を起こそうとして小さくうめき声をもらした。日中はともかく、起き抜けは寝ている間に体中の関節が固まってしまって痛みがひどい。
「大丈夫かよ、無理そうだったら彰久に言って休むぞ」
私は首を振った。
天馬にいてもらってもそうでなくとも、朝の関節のこわばりは避けようがなく、ゆっくりと体を動かして関節を緩めていく以外に楽になる方法はないのだ。
「大丈夫。いつものことだし昼には動けるようになってるはずだから。……仕事、頑張ってね」
天馬は少し目を細めて私の様子をしばらく観察していたが、やがて納得したのかぽつりと言った。
「……何かあったら電話しろよ。すぐ戻るから」
天馬はそう言うが、私は仕事中の天馬に助けを求める気はなかった。
モデルをやりたい人間はたくさんいる。
せっかく天馬がオーディションを経て勝ち取った仕事を私のせいでつぶしてしまうのはイヤだった。
「頑張って」
「……ん」
天馬は私の枕元に水の入ったペットボトルを置いて、エアコンをつけるとそのまま出て行った。
玄関の鍵を閉める音が聞こえた瞬間、私は家の中に一人になったことを実感した。
こんな体で一人にされてしまうと少し不安になってしまうけれど、その一方で少しほっとしている。
あちこち固くなった体でよろよろと動く姿はやはりあまり人に見られたい姿ではないからだ。