よるのむこうに


天馬だ。

リビングを歩く足音が聞こえ、それがこちらに近づいてくる。
私の寝室の前で立ち止まる気配があった。


「おい、寝てんのか」
「あ、開けないで。すぐそっちに行くから……」


天馬は笑いを含んだ声で答えた。

「なんだよ。
まさか、男連れ込んでんじゃねーだろうな」


バカか。この状況で男を連れ込める人間がいたらみて見たいわ。こっちの気も知らないで!

天馬の下衆な発言に苛立ちながらも、一方で天馬が馬鹿でよかったと思った。
この状況を悟られるくらいなら馬鹿な疑いをかけられているほうがマシな気がする。

私はかろうじて動くほうの足と手で這ってクローゼットに手をかけた。とにかく着替えなければ。

クローゼットの中に並んだ引き出しの中から手ごろな服を引きずり出していると、寝室の襖が開いた。
薄暗い寝室の中に細く光が入ってきた。
振り返ると天馬がこちらを見ていた。


「……お前、なにやってんの」
「あ、開けるなって言ったのに……」
「なにやってんの」

天馬は部屋に入ってくると、何かに気付いたようにベッドの脇の辺りで立ち止まった。
彼はゆっくりと足を上げた。

彼の靴下からぽとりと雫が垂れた。

< 138 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop