よるのむこうに




診察室を出るとすぐの待合で天馬が待っていた。

普段は座る場所もないほど患者でごった返している整形外科の待合は人もまばらで薄暗い。
通りかかるのは看護師ばかりだ。

見上げるほど背が高く金髪の天馬は異常に目立っていたらしく、忙しそうにしている看護師は行き過ぎるときにちらりと天馬を見て通り過ぎていった。


「天馬、ごめんね。退屈した?」
「いや」

彼は私の視線を避けるように週刊誌をラックに戻した。少しきわどいグラビアで有名な雑誌だ。

「……水着美女100選?
うわぁ……こんなのオッサンが読むやつじゃない」

俺はお前の男だとかなんとか言いながら水着の女の子は別口らしい。
私はここぞとばかりに天馬の下世話な雑誌のチョイスを非難した。雑誌のグラビアなんかに本気で嫉妬しているわけではないが、当然のように私の携帯をチェックする天馬に対する、ちょっとした仕返しのつもりだ。


「うるせえな。男だったらとりあえず見るだろ」

私は冷たい目でその雑誌を一瞥(いちべつ)すると、そのまま薬局窓口に向かった。

「待てよ、肘はどうだったんだよ」

「亜脱臼だって」

「アダッキュウって?」

「関節が外れかけてたの。でも処置してもらったから大丈夫。リウマチの人は脱臼しやすいんだって」

「ふうん……。
荷物、かせ」


天馬は仏頂面で手を出した。私は財布と携帯と保険証しか入っていない自分の小さなバッグをみて笑った。


「さすがにこのくらいは持てるよ」

「うるせーよ」

天馬は黙って私のバッグに手を伸ばした。
二人で小さなバッグの持ち手に手をかけたまま歩く姿は奇妙だった。


けれど天馬はずっとその手を離さなかった。


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