よるのむこうに
その時、背の高い若い男が濃い煙草のにおいと共にパチンコ屋から出てきた。
脱色した髪が目元にかかっていて、その長い前髪の間から退廃的な大きくてだるそうな目がこちらを見下ろしていた。
彼は私と酔っ払いをちらりと見た途端、顔色を変えるでもなくこちらに一歩踏み出した。
はじめに助けを求めた初老の男性と同じように、彼もまた何も見えていないかのような態度だったので、私は彼に助けを求めることはしなかった。無駄だと思ったからだ。
しかし、現実は私の予想を大きく裏切った。
彼はいきなり酔っ払いの襟首をつかんで、そのまま片手で後方に引き倒した。
そのあたりに止めてあった自転車が派手な音を立てて倒れた。
酔っ払いは痛みに顔をしかめて立ち上がろうとした。たぶん、酔っ払いはその一瞬、自分が何をされたのかすらわかっていなかっただろう。
酔っ払いは顔を上げて自分を見下ろす2メートル近い若い男に気付き、そして最悪なことに酔って気が大きくなっていたのか、自分を片手で投げ飛ばすような相手に食って掛かろうとした。
けれど若い男は酔っ払いに何か言わせる隙さえ与えなかった。
彼は間髪をいれずに男のみぞおちを膝で蹴り上げた。蹴り上げた拍子に酔っ払いは胃の中のものを吐き出し、若い男は靴を汚されて舌打ちした。
「てめぇ、ちょっとこい」
彼は酔っ払いの胸倉をつかみ、唸るような低い声でそうすごんだ。
そして、まるで人形か何かを引きずるようにして男をパチンコ屋の脇の細い路地に連れ込んでしまった。
「えっ……」
それは一瞬の出来事だった。その行動の鮮(あざ)やかさのあまり、私は通報することも忘れて呆然としていることしかできなかった。
慣れている。
あの若い男は人を殴り倒すのに何の躊躇いもない。倒された人が次にどう行動するかも知り尽くしているみたいだ。
大通りから死角になった路地裏から何かがひっくり返る物音と、うめき声のようなものが聞こえた気がした。
周囲の通行人を見遣ると、彼らはさっと私から目をそらし、忙しそうに行き過ぎていく。まるで何事もなかったかのように。
男と酔っ払いが細い路地に消えて数分後、私はやっと我にかえった。