よるのむこうに
私はここで逃げるべきなんだろうか。
それともちゃんと助けてくれた人にお礼を言うべきなんだろうか。
迷っていると若い男だけが細い路地から出てきた。……彼の持ち物ではなさそうな黒い革の財布を持って。
彼は財布の中身を確認して現金を抜き取ると財布をどぶの中に投げ込んだ。
私はその手慣れた一連の動きを見ながらなんとなく……この男は私を助けてくれはしたが、決して正義の味方ではないような気がした。なんとなくだけど。
「え、えっと……」
酔っ払いが犯罪者なのか若い男が犯罪者なのか、私はどうするべきなのか。気持ちが定まらないまま困惑していると、若い男はきつい目でチラッと私を見た。そして口元にかすかな笑みを浮かべた。
「靴のクリーニング代な」
彼は財布から抜き取った数千円をデニムのポケットに押し込んだ。
かっこいい………。
いやかっこよくねーよ!顔と体はかっこいいけど行動は完全にチンピラだ!!
今から考えると、この時の私ははじめて粗暴な男を前にして完全にバカになっていたに違いない。
私はあまりにも鮮やかな暴力にどこか頭の芯が麻痺したまま、とにかく助けてもらったのだから礼を言わねばとそればかり考えていた。ちゃんと礼を尽くさなければ次は自分が投げ飛ばされる番になるのではないかという気もしていた。