よるのむこうに

彰久君はこの人を評して「いやな男」そして「すこしおかしい」と言った。
いやな男かどうかはまだ分からないけれど、人間は面白いと語るその口ぶりはなんだか彼自身が人間ではない立場から物を見ているような気がして落ち着かない。これがいわゆる研究者気質ということなのだろうか。

「服をお求めなら荷物もちにお付き合いしますよ。あなたにも気晴らしが必要なのでは?」

にこやかにそういう彼の手をとろうとは思えなかった。

親切な申し出ではあったけれど、天馬の顔がちらついたのだ。

景久さんとは今日出会ったばかりで恋愛感情など芽生える暇もないし、彼は天馬の仕事上のスポンサーだ。普通に考えて私が彼と一緒にいたところで疑う人はない。

けれど、あのアホは前回の別れ話からずっと私を疑っている。私がこのまま景久さんに同行したらきっと頭にきて狂ったように私を責めるだろう。

「楽しそうだけど……やめておきます」


私の返事は完全に彼の想定の範囲内だったのだろう。彼は驚いた様子も見せずにうっすらと微笑んだ。


「同じ事を彰久が言ったら、あなたは承知してくれましたか」

同じ事を彰久君が言ったら。それを少し想像してみて、私は困ってしまった。

やはり私は断っただろう。
私にとっての現実はこの街ではなく、あのエレベーターのないマンションや、毎週火曜日に生鮮食品の安売りをやるスーパー。それに、天馬と通った油まみれの中華料理屋なのだ。
そんなところに景久さんや彰久君のような格好をしていくなんて、やっぱりそれはそれで変だ。

「せっかく親切にしてくださったのに、ごめんなさい」

「ふふ、謝らないでください。今のはちょっとした意地悪ですから」
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