よるのむこうに
「あ、あの、ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げると、彼は少し驚いたようにきつい目を見開いた。
「……べつに」
「いや、あのままだったら私、レ、レレレイプされてたかも」
彼はふっと息を漏らして笑った。笑うと最初の印象よりは若く見えた。
「あんだけ酔っててそれはねえわ」
「えっと、えっと、お礼をさせてください」
この時点で彼は私が彼に少し興味を持っていることに気付いたに違いない。
実際、私は彼の端正なといっていいその姿から目がはなせなかった。そのくせ自分が彼を「ガン見」しているという事実に自分では気付いてさえいなかった。
「あー……。いいや。そういうのめんどくせぇ」
彼は手を振って私の前を通り過ぎようとした。……が、立ち止まって振り返った。
「あ、そうだ。金貸して」
「えっ……」
私は言葉を失った。もちろんお礼をすると言った以上、多少の現金をお渡しする気もないではなかったのだが、まさか相手から要求されるとは思わなかった。
「金。もってる?」
先ほどの「クリーニング代」の件と言い、なかなかのチンピラぶりである。しかし私は彼のきつくて大きな……そしてどこか退廃的なその瞳にすでに魅了されていた。
「お、おいくらご用意させていただいたら……?」
傍から見れば完全に恐喝に見えただろうが、その時の私は完全に目が濁っていた。何も考えずにバッグから財布を取り出して彼に中身を見せていた。
彼は私の財布をのぞき見るなり眉をあげた。
「お、あんた金持ちだな」
「い、いえ安月給です金持ちじゃないです」
彼は私が実際に金持ちであるかどうかについては興味がないらしく、そのまま何の遠慮もなく私の財布に手を突っ込んだ。
「3万借りてくわ」