よるのむこうに



天馬がなぜ皿ではなくティッシュを選んで食パンの下に敷いたのか、その行動の意味はわからない。わからないけれど、私は今まで彼の行動の意味を推し量って何かを理解できたためしがない。
わからない。もしかしたら意味なんてないのかもしれない。


私はティッシュの上に置かれた食パンにそっと触れた。

食パンの表面は乾いてぱりぱりしていてお世辞にも食欲をそそるとはいえなかった。
目玉焼きについては、失敗はよくあることだと知っていたけれど、やぶれた黄身にモズクのうす茶色の汁がまざりあっている様子を見ると、口にするのが少し怖いような気がした。


なぜモズクなんだ。冷蔵庫にはきゅうりもレタスもあるのに。
もしかしたら天馬はモズクが好きなのだろうか。


そう思いながらも私は彼の行動を推し量ることの(以下略)。


それよりも、モズクの衝撃から立ち直ってみると、この家に彼が住むようになって二年半、一度も料理らしいことをしたことのなかった彼がそれをしたという喜びがジワジワと胸を満たした。
よくわからないこともするし、無口すぎて何を考えているのかわからないこともしばしばだけれど、実は素直で優しいところもある。


せっかくだから彼の気持ちを無にしないように朝食を頂こうとキッチンに行くと、料理の際に使ったらしいフライパンがコンロの上に残っていた。……傷だらけの状態で。
コンロの脇には卵で汚れたフォークが残されている。天馬はフォークで目玉焼きを作ろうとしてこの惨劇を招いたらしい。

「あー……テフロンが」



けれど、私は怒る気になれなかった。

天馬は元々料理なんてしなかった。料理に取り組むくらいなら外で食べるか何も食べないほうがいい、彼自身がそうはっきりと口にしているのを聞いたこともある。

朝の時間のない中で、興味もなく経験もない料理の中に一歩踏み込もうとした彼の気持ちがキッチンの中にまだ残っているような気がした。

< 172 / 269 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop