よるのむこうに
楽しむでもなく夢中になるでもなく、ただじっとパチンコとゲームを続けていた彼の心が少しずつ動いている。
誰にも気付かれないように、そっと静かに揺れ始めている。
そのかすかな……早春の夜に感じる命のざわめきに似た何かが彼の中にひそやかに育っていた。
ふと気がつくと、私はテフロンのはがれたフライパンの上にいくつも涙をこぼしていた。なめらかな黒い金属の上をしょっぱい涙がつるつると滑っていく。
ありがとう。
有り難う。
天馬は無神経で言葉足らずだからいつも私は彼の頭の中をはかりかねているけれど、彼は決して心がないわけじゃない。
荒っぽい言葉や態度、そして野生的な容姿の奥底に、やはり彼らしく荒っぽいけれどあたたかい情がある。繊細さや聡明さとは無縁だけれど、私はそんな彼の心を美しいと、好きだと思う。
私は携帯を取って天馬にメッセージを送ろうとした。すると、タイミングよく先に彼のほうからメッセージが入った。
『いえにいろ うごきまわるなよ』
時間のない中、隙を見つけて送ったメッセージなのだろうか。句読点もなく漢字変換もされていない短いメッセージにまた涙が滲んだ。
ほとんど獣のような愛情表現しか知らない天馬。けれど彼が私に向けてくれる気持ちはひどく幼く純粋だ。
きっと天馬はこんな風に気持ちを捧げられた私が、どれほどそのことを嬉しく誇らしく思っているか、そして彼の軛にしかなれない自分自身をどれほど情けなく思っているか、想像もつかないのだろう。
「馬鹿だなあ、あの子ってさ……」
とても大きな貧乏くじを引きそうになっている天馬。
私はそんな彼を愛しく、そしてひどく哀れに思った。
トイレを汚されたり、待ち合わせをすっぽかされたり。何かあるたびに天馬を捨ててやろうと思っていた私なのに、最近は家にいて彼をよく見るせいか、その子どものような愛情が哀れでしかたがない。
以前の私ならばともかく、今の私に心をつくしたところで返ってくるものは先細りの悲しい時間でしかないのに。