よるのむこうに
「天馬、久しぶり。元気にしてたか。ちゃんとメシは食ってるのか」
彼はいきなり天馬の肩を抱こうとしたが、天馬はきつい目で相手をにらんだ。
「いきなり人を呼びつけて、どういうつもりだ」
樋川選手は少し困ったような顔をしたけれど、それでも彼の口元には笑みが滲んでいた。反抗期の子どもを見る親のような表情だ。二人の間にそんなに年の開きはないはずなのに、その表情のせいで樋川選手は天馬よりもかなり年上のように見えた。
「いつまでたってもプレイヤーの中にお前の名前がないから、ずっと気になってたんだ」
「バスケはやめた」
「約束は?」
「忘れたよ、んなもん」
私は天馬のあまりに大人気ない態度にはらはらし通しだった。
テレビ局側の人も私と同じ気持ちのようで、天馬の態度に樋川選手が怒り出すのを怖れているようで、おどおどと二人の顔を見比べていた。
「天馬、ちょっと…」
私は肘で天馬の脇をつついた。私は背が低いのでつついたのは脇ではなく彼の腰骨の辺りになってしまったが。
樋川選手はこのとき初めて私の存在に気付いたようだった。
「天馬、この人は?紹介してくれないのか」
天馬は小さく舌打ちして何も答えなかった。
「わ、私は……天馬の付き添いで!小森夏子といいます、名刺は……休職中なので持ってなくて、すみません」
樋川選手はスポーツマンらしい爽やか笑みを浮かべて首を傾げた。
「俺も名刺はないよ。小森さん、あなたは天馬の……?」
「……」
そう尋ねられても私は即座に返事をすることができなかった。
私は天馬のなんなのか。
それはこの二年、私自身答えることができずにいて、かといって天馬に問い質すこともできずにいた問いかけだった。