よるのむこうに


「俺の女だ。勝手に話しかけんな」

敵意のこもった天馬の言葉に、私は思わずヒッと喉から変な声を出してしまった。

別に樋川選手は私に変な下心があって話しかけたのではない。天馬が私を紹介しないから私の名前と立場を尋ねたまでだ。それに対しこの態度はないだろう。

樋川選手は元々天馬のチームメイトだったかもしれない。けれどそれは高校のときの話で、今はプロのバスケットボール選手で、ハリウッド女優と婚約までしちゃうようなVIPだ。昔のような隔てのない言葉遣いが今も許されるかどうか。

樋川選手はしかし、私以上に天馬の無礼な態度に慣れているようだった。


「三年前よりもずっとまともになったみたいだな」


私は天馬の横顔を見上げた。

借金まみれの今の天馬がまともだなんて……、三年前の天馬は一体どんな暮らしをしていたのだろう。二年も一緒に暮らしたくせに、私は天馬の過去を何も知らない。
天馬は鋭い目で樋川選手をにらんだ。天馬の目つきの悪さに慣れている私でも思わずたじろいでしまうようなきつい目だ。


「まともとかそうじゃないとか、何を言ってんのかわかんねえよ」
「さて、それはどうかな」

樋川選手は肩をすくめて天馬のきつい言葉を受け流すと、私に目を留めてにっこりと微笑んだ。

その微笑の意味はよくわからなかったが、私はとりあえず曖昧な笑みを返しておいた。


その時、それまでほかのスタッフと話をしていた彰久君が彼らの間に割って入った。彼は他の人と話をしていても決して天馬から目を離さずに樋川選手とのやり取りを見守っていたのだろう。割り込むタイミングもよく心得ていた。
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