よるのむこうに

「さあて。天馬が暴れだすからその辺にしてくださいよ、樋川さん」

「おお、北条君。相変わらずイケメンだね」

「どうも。そろそろスタンバイしてもらっていいですか。アシスタントさんが困ってるみたいですよ」

「そうだね。ごめんごめん。じゃあ、天馬。また後で」

樋川選手は天馬にさんざん無礼を働かれたにもかかわらずにこやかな態度を崩さず、まだ年若いアシスタントさんにも親切だ。私はその後ろ姿を見送りながらため息をついた。


「すっごいいい人だねえ……真のセレブってみんなあんなかんじなのかな」

「セレブぅ?
あいつ魚屋の息子だけど。ったく、男と見たら愛想よくしやがって」

私はどこかのしがないモデルさんのために愛想よく振舞っているのだ。腹を立てた私は天馬をにらんで彼の胸倉をつかもうとしたが、天馬はふん、とそんな私を鼻で笑って私の手をかわした。


「夏子ちゃん、コイツが無礼なのは全面的に同意するけど、衣装がのびるからつかまないで。そのTシャツ1万9千円」

「えっ」

横から彰久君に注意され、私は天馬から手を引いた。


「天馬、控え室で待ってろ。弁当があるから」
「おう。夏子、一食浮いたぞ」

天馬はあたりをはばからない声で私にそう呼びかけた。
私は反射的に顔を赤らめ、小さな声で言い返した。


「ちょっとやめてよ、みっともない」
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