よるのむこうに
女の前でも子どもの前でもあいつは普通に暴力を振るう人だ。自分の好感度に気を配るような性格ではない。
彰久君は天馬にスポーツマンシップのようなものが残っていることを期待しているのだろうか。高校生のころの天馬がどうあれ、今の天馬はわりとチンピラだ。
私はあの時天馬に助けられた立場だからこんな事は言いたくないけれど、天馬は躊躇なく人を殴るし、物事を暴力で解決するのに慣れている。
「何かあったら俺が間にはいるよ。だましうちみたいにこの仕事をねじ込んだのは俺だ。
だから夏子ちゃんは何も心配しなくていい」
彰久君が私に華やかな笑みを向けたので、私も微笑もうとするがどうもぎこちない笑みしか浮かんでこない。
彼がいくら心配しなくていいといったところで、天馬の粗暴な性格が抑制される魔法の呪文なんてものはないのだ。
天馬が樋川選手に襲い掛かり、一瞬呆然としたのち番組スタッフが慌てて天馬を止めに入り、さらにスタッフは殴られるどころか投げ飛ばされ、彰久君はそのきれいな顔に青あざを作る……。私の頭の中にはそんなシーンまでありありと浮かんでくるのだ。
嫌な予感しかしない。いざとなったら彰久くんだけでなく私が体を張ってとめよう。
天馬がNBA選手様や雇い主様を傷つけることに比べたら、私の骨の一本や二本は惜しくない。いや惜しいが、天馬が犯罪者になるよりはましだ。
私はそう腹をくくるとぐっと拳を握り締めていつでも立てるように膝の関節が固まらないようにさりげなく膝に手を置いた。