よるのむこうに
「3-2だって」
彰久君がそう言って私の肩を叩いた時、私の目は涙を滲ませていたのだろう。
彼は私の目元を見て優しく微笑んだ。
「引き込まれただろ。高い技術のある選手は少なくないけど……天馬みたいに人を惹きこむ選手はそうはいない。昔はもっと……、まあ、いいや。
夏子ちゃん、化粧、崩れてるよ。直そうか?」
私は首を横に振って天馬の汗拭きタオルでごしごしと目元を拭った。目尻をぬぐうとくずれたアイカラーがタオルに残った。
夕暮れ時の公園には少しずつ風が出てきていて、うだるような暑さをさらっていく。
1ON1が終わるなり地面に座り込んだ天馬に樋川選手が手を差し伸べていた。
天馬はそれを無視して立ち上がるが、樋川選手は立ち上がった天馬に笑いかけて何か言っていた。こちらにその内容までは聞こえてこないが、樋川選手は満足そうに笑っていた。
「お疲れ様です樋川選手!」
「いやあ、手に汗握るプレイでした、すばらしい!」
プロデューサーや局側のスタッフが樋川選手を賞賛で取り囲み、撮影が終わって用済みとなった「かつてのチームメイト」はぽつんとゴール側に取り残された。
天馬は荒々しい手つきで自身の頭を掻くと、勢いをつけて立ち上がった。
そして私達のほうに向かって歩いてくる。まるで樋川選手などはじめからいなかったかのような態度だった。
短気でキレやすい彼が、こんなにあっさり引くなんて。
それほど彼らの実力差は大きかったのだろうか。
彼は私達の傍まで歩いてくると、こめかみをゆっくりと伝ってくる汗をTシャツで拭った。
彼は彰久君をみてふっと馬鹿にするように笑った。