よるのむこうに
「こんにちは」
一言そう口にしただけで私は言葉に詰まってしまった。
ただ会いたいという気持ちがあるばかりで、会って何を話そうというプランがなかったのだ。
「じゃ……」
気まずい沈黙のあと、私は逃げるように彼の傍を通り過ぎようとして、腕をつかまれた。
「どこ行くの」
「や……あの、クリーニングを」
彼はけだるげな瞳を動かして私の手元に目をやった。
「ふうん。用が済んだら戻ってこいよ。金返すからさ」
返す気があったのか。
その驚きは顔に出ていたのだろう。彼は少し眉間に皺を寄せたが、すぐにもとのけだるげな顔に戻った。
「金はこれから作る。二時間後にここ集合な」
私はうんうんと頷いて足早にその場を去った。
その時私の顔は誰からみても真っ赤に見えただろう。自分でも燃えるように顔が熱いのがわかった。
二時間後、言われた場所に戻ってきた私は何の効果もないとわかっているのにリップを塗りなおし、鼻のテカリを徹底的に押さえて若干粉っぽい顔になっていた。
店の前に彼の姿はない。
嫌な予感がしてそっとパチンコ店の中をのぞくと、彼はまだ店の中にいてパチンコに興じていた。
「……」
私との約束を忘れていたとは思いたくない。だが声をかけなければ彼は二度とあの台から離れなかったとも思う。