よるのむこうに
「俺もいまだにわかんねえよ。
でも、樋川にだけはたまにパスを出してもよかった。
あのころ、あいつはデカいばっかりでテクニックはなかったから、高校時代は1ON1では俺から一本も取れなかった。
俺みたいな後輩に負けてもあいつは笑ってて、プライドなんかかけらもねえ。
そのくらい歯がゆいやつだけど、俺は……樋川だったら、足手まといでも、あいつのぶんもかわりに俺が点を取ってやるからそれでいいって、思ってた」
天馬は今も病気の私を庇って暮らしている。
誰にでも優しいわけではなく、一旦気持ちを開いた相手に対しては自分と他人の境界が曖昧になるところがあるようだ。
天馬は口を挟まず続きを待っている私をしばらく眺めていたけれど、またマンションから見える夜の街に目をやった。
「……冬のウィンターカップだったかな。
当時は自覚なんかなかったけど、俺って生意気でさ。相手チームが焦ったんだろうな。試合中のラフプレイを食らって右足にけがをした。
樋川は俺のけがにマジでキレて、相手チームが俺を狙い撃ちしてくる中あのでかい体で俺を庇い続けて、結局あいつ自身が俺よりひどいけがをした。もうそのシーズンは絶望的なくらいの大けがだ。
俺はエースだから、樋川って盾がなくなっても引っ込むわけにはいかなかった。
生まれて初めてってくらい頑張ったさ。でも樋川を失ってみれば、俺のチームはガタガタだった。樋川を怪我させたのは俺なのか相手チームなのかわからなくなるくらい、チームメイトの敵意が背中に刺さった。
結局俺一人で……逃げ切る形で勝ったけど……ありゃあさすがにみっともねえ試合だったな……。監督も顔真っ赤にして震えてたわ」
「それで、バスケをやめたの」
「そうだな。すぐにじゃねえけど、徐々に……部活に出なくなったな。
樋川は三年だったから、あそこで試合に出られなくなって結果を残せずプロにはいけなかった。
あいつはその後、唯一声をかけてくれた体育大学に進学して、そこで実績を残してプロになったんだ。
あのときのけががあの後何年もあいつのバスケ人生に響いたと思う。
樋川はいいやつだ。チームメイトはみんなあいつを慕っていた。
俺が悪いんだ。当時は何で俺がって思ってたけど、今ならそれがわかる」