よるのむこうに

「そんな、樋川選手にけがをさせたのは相手チームでしょ」

「いいや、俺だ。
バスケでのラフプレイはよくあることだ。押されても押し負けないって気持ちがなきゃコートに出る資格はねえ。そういうスポーツなんだよ。
……あのときの俺はけがをして焦っていたのかもな。
わざと相手を煽って反則を取って、相手チームの戦力を削ってやろうと思ってた」

「わざとって、そんなこと、できるもんなの?相手がどう動くのかわからないじゃない」

「確実にってわけにはいかねえよ。でもゴール下ならどうしたって接触は多くなる。コツみてーなのがあんだよ。大きな声で言えることじゃねえけどな。
……あの時は、最初の一回目のけがで自分の足がどこまでもつか自信がなくなっていた。
少しでも楽に点を稼ぎたかった。勝たなきゃ入試も学費もパスして高校にいる俺の存在価値はゼロだからな。
だから審判の相手チームへの心象が悪くなっているあのときがチャンスだとしか考えられなかった」
天馬は苦い表情を浮かべて肩をすくめた。


「俺は、相手の反則を誘ってそので上シュートを決めるつもりでいた。
そうしたらフリースローの1点も追加されるから効率よく3点が取れる。まともにぶつかるよりも楽に点が稼げる。フリースロー1本打つ時間で味方も少しは休める。
俺みたいな馬鹿が一人前に計算したつもりでいたんだ。
……でも、俺は樋川って人間を計算に入れてなかった。俺も馬鹿だけどさ、あいつも馬鹿だってことだな」

彼は小さくため息をついた。

「わかるだろ。俺は1ON1はうまくてもバスケはできない。チームプレイができないからな。
今も、たぶん、できない。
誰かと分かり合おうなんてきれいごとだと今も思ってるし、チームメイトの考えを読んで動くなんて……苦手だ。
誰の気持ちもわからないし、誰も俺の気持ちはわからない」

私ははじめて天馬の過去を彼の口から聞いた。

確かに天馬はチームプレイには向いていないのだろう。天馬は何を考えているのか言わないし、顔にも出さない。
でも、二年も一緒に暮らしているからか、私はの考えていることがなんとなくわかる、ような気がする。


「私は……わりと、天馬の考えていること、わかってるつもりでいたんだけど」
「女とバスケは別だろ」

あっさりと言い返されてしまうが、私は少し嬉しかった。
私は天馬の考えていることがわかる。その事自体は否定されなかったからだ。
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