よるのむこうに
15、runaway
兄に会うのは兄の結婚式以来だった。
高校を出るなり父の伝手(つて)を頼って京都の和菓子屋に修行に出ていた兄は、修行中も度々実家には顔を出していたようだ。
兄が修行に出て数年後、私も上京し、その後たまにしか帰らなかった。
だから私達は互いに母を通じて消息は知っているものの、すれ違いばかりで実際に顔をあわせることはなかった。
久しぶりに会う兄は私の記憶に残る兄よりも、ずっと老けたように見えた。
おそらく兄も私に対して同じ感想を抱いたことだろう。
「おお、家財道具なんてほとんどないな」
兄は、きれいに物のなくなった私の部屋を見るなりそう言った。
「うん、もうほとんどリサイクルショップに売っちゃったんよ。リサイクルショップって何でも買うてくれるんだねえ、10年物のスリッパラックなんて買うてもらえると思わんかった」
「ああ、お前が実家からかっぱらっていったやつかぁ、傷だらけやったのに」
兄は懐かしそうに笑った。
兄に会うなり私の気持ちは十年前に引き戻され、地元言葉が自然と口をついて出てくる。
兄の顔を見ていると、この十年がなかったことのように感じられた。