よるのむこうに
「おい、その荷物は?」
リビングに残ったたった二つの段ボール箱に、兄が気付いた。
カーテンすら取り払われた何もない部屋の中にぽつんと置かれた段ボール箱はやはり目だった。
たった二つの段ボール箱の中に、天馬の服とわずかの私物が入っている。
「ああ、これは……置いていこうかなって」
「ふうん?ま、大家に話がついとるならいいけどな」
天馬の荷物は私の荷物以上に少なかった。
財布と携帯だけを持ってふらりとこの部屋に現れた彼の荷物は、そのほとんどが私の買ってきた彼の服ばかりだった。
思えば天馬の買って来るものといえば食品ばかりだった。
パチプロの収入がさほどいいものではなかったというのもあるだろうけれど、彼にはこれが欲しい、あれが欲しいという物欲もなかった。
はじめのうちは貧しいがゆえに物をほしがらないのかと思っていたけれど、私が病気になってからの彼の行動の速さを思うとそうではないことがわかる。
彼は貧しいから何も買わなかったのではない。それは全くの逆で、欲しいものがないから安定した収入を求めなかったのだ。
モデルの仕事を積極的に受けるようになってからも、彼は何も欲しがらない。物にも人にも仕事にもこだわらない、そういう人なのだ。
これじゃ思い出も残らないな。
私は残った持ち物の量に天馬らしさを感じて思わず苦笑した。
「ああ……もう九月だってのに、あっちいなあ……。
京都も暑かったけど、どうしてこう、『都』のつくところは暑いかねえ」
兄は首にかけたタオルで額を拭った。