よるのむこうに

「ヤダ、お父さんたらそんなこと言うてるの。太一はまだ六歳やない。
義姉さんかってまだ子どもができるかもしれんし、後で生まれた子が家を継ぎたいって言い出したらどうなるんよ。
第一、太一自身がが職人はイヤやって言ったらどうするん。
兄さんだってバンドマンになるんだーって時期があったやない」

「んー……まあなあ。俺がそうやってバンドマンになるっていったくせにいざとなったら職人になったからな。それで親父は期待しよるんかも。嫁と親父はそれで喧嘩して、今太一と嫁は嫁実家にいる」

「うわぁ……」


実家で同居している兄嫁と父親がもめて、兄嫁が甥を連れて実家に帰ってしまった。
そんな状況の中、病気の私が帰っていいのだろうか。

帰りにくい。
兄夫婦が同居している段階ですでに帰りにくい実家であることに変わりはないけれど、今聞いた実家の状況はそれ以上に気を使う。なぜ兄は私が帰ると聞いた時点でそのことを教えてくれなかったのだ。


「ちょっと、そんなところに私まで転がり込んでいいわけ?」

兄は岩のようないかつい顔に情けない笑みを浮かべた。


「お前が帰ってきたら親父も太一の跡取り問題云々から目がそれるんやないかなってちょっと期待しとう。(期待している。)
それに、長男の俺と違ってお前は親父のお気に入りやからうまくとりなしてくれるかなて思ってる。
あー、あと嫁が実家に帰って店番の手が足りん(足りない)からそっちも頼む」

「……」


私は療養のために実家に帰るつもりなのだが、実家は実家で完全に私を人手とみなしているようだ。
店番は中学生のころからよくやっているので苦ではない。
実家にお世話になる以上、重い物を運ぶとか立ちっぱなしになること以外ならやるつもりでいたけれど、これは休んでいる暇はなさそうだ。

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