よるのむこうに
「まっ、お前も病気みたいやし、休み休み頼むわ」
兄は気楽な口調でそう言って私の肩を叩いた。
兄はおそらく私の病気について、病名は知っていても病状などはわかっていない。
私もそうだったからそれは理解できる。
リウマチと聞いてイメージするのは時々関節痛があるらしいくらいなもので、身近にそういう人がいなければそれがどんなものなのかわかるはずもないのだ。
これから私を受け入れるであろう兄夫婦も両親も、私が今後、どれほど彼らの迷惑になるのかということをわかっていないのだろう。
きっと、実家では実家の悩みが私を待っていることだろう。
迷惑はかけたくないし、実家の家族に迷惑がられるのも辛いだろう。すでに気が重くなってくるけれど、帰ると決めた以上、もうあとにはひけない。天馬がニューヨークにいるこの期間を逃せば引越しなんてできない。
腹をくくらなきゃ。
このまま東京にいたって私は天馬の重石(おもし)でいることしかできないのだから。
「んじゃ、行くか。今から高速飛ばしても帰るころには真夜中やぞ」
兄はせかせかと私のボストンバッグを持った。
私は西日が差し込んでオレンジに染まった部屋を、忘れ物がないようにと見回した。
カーテンも何もなくなった部屋にダンボール箱が二つだけ残してある。
バッグの中から手紙を出して、私はダンボールの上に置いた。
今まで一緒に暮らして、天馬にはそれなりにお世話になったこともあったし、生まれ育った町を離れて暮らす孤独を随分慰めてもらった。
最後に少しでも感謝の気持ちを伝えたいし、そうしてけじめをつけるほうが互いに気持ちを整理しやすいと思った。けれど今の状況がそれを許さない。せめて私の気持ちを少しでもいい、残していくべきだと思った。
だまし討ちのように勝手に部屋を引き払って出て行く私を、天馬はどう思うだろうか。
彼がせっかく私を支えてくれようとしていたのに、その気持ちを足蹴にするように出て行く私を、彼は恨むだろうか。……憎むだろうか。