よるのむこうに
けれど彼がいまどれほど私を憎んでも、その気持ちは永遠ではないと思う。
彼は生きている。
生きていく以上、人は同じ気持ちを持ち続けることは難しいものだ。私のことなどきっとすぐに忘れるだろう。
彼は癖こそ強いけれど情味のある心のきれいな人間だ。
私でなくともそれをわかる人はきっと今後何人も現れる。彰久君という、少しあくどいところもあるけれどとびきり友情に篤くて聡明な友達もいる。
時は流れ、季節は移ろい、いずれ気持ちも変わっていく。
その中で天馬は天馬の夢をつかんで欲しい。できれば……できればバスケの道に戻れたらいい。本当に好きなことに向かって自分自身の力で扉を開いていって欲しい。天馬ならばそうできる。
いつか天馬は私が自分からこの選択をしたことにほっとしてくれるだろう。
欲がなくて情味のある彼は今の私を捨てることはできない。
でも私は彼を愛している。男として家族として人として。すべての彼を愛している。だからここを出て行く。
男として彼を愛しているだけなら縋りついたってよかったのかもしれない。
けれど、私はもう彼を人として家族として愛してしまった。彼の前に開きかけた窓がある以上、私は彼を心から愛するものとして彼を開きかけた窓の向こうへ押し出してあげるべきだろう。
「おおい、まだか」
兄の声にせかされて、私は部屋のドアを閉めた。
金属製のドアが閉まる、私達の関係を断ち切るように。
ドアが閉まった途端、天馬がニューヨークに発つ朝のやり取りが頭の中をぐるぐると何度も何度も蘇った。