よるのむこうに
母は若干ヒステリックではあるが娘の私から見れば基本的には優しい母だ。
けれど兄嫁に対しては母ではなく「姑」の顔を向ける。
兄がつれてきた女の人をいきなり娘と思えというのは難しいことだとわかってはいるけれど、母が時折見せる「姑」の顔は私には馴染みのないものだ。まるで母の中に知らない人が居るようで居心地が悪くなる。
だから、母の愚痴が始まると私はさりげなく口を挟む。
「お母さん。店に出てくれて同居までしてくれて。今時そんなお嫁さんはなかなか居んし、兄ちゃんにとって義姉さん以上の人は居んと思うよ」
兄嫁さんが逃げたらこの店は兄の代で終わりだ。後妻の来手が現れる可能性……は、たぶんない。
兄は穏やかで優しく努力家なので、職人としての腕だっていい。
けれど、男としてどうなのかと問われれば兄はモテない。私よりモテない。
私が知る限りでは兄は高校二年生まで彼女はいなかったし、一人だけよく家に連れてきていた女の子がいたけれど、それも半年ほどで来なくなった。
男のモテ度を推し量る絶好の機会はバレンタインだが、そこでも兄はモテない。毎年バレンタインには私からのチョコと母からのチョコを一個ずつ受け取るのみで、よそからチョコを頂いてきたことなどほとんどない。
兄嫁さんのような人は兄にとってまさに女神であって、兄を思う親心があるならば母は多少の気に入らないことは口には愚か態度にだって出してはいけないと思う。
プロのモデルである天馬と比べるのは気の毒すぎるのでそこは控えるが、それを差し引いても兄は地味で垢抜けない。妹の私も同じ地味で垢抜けないところを見るとどうもこれは我が家の遺伝的特徴のようだ。
その上たいして儲かってもいない田舎の和菓子屋の跡取りと兄の立場は重い。
跡取りということで結婚と同時に両親との同居は決まったようなものだし、自営業なのでろくに休みなどない。
おまけに、なんとも申し訳ないことだが独立したはずの妹が病気になって戻ってきている。
今はなんとか家の近くのアパートで一人暮らしをしている私だが、この先リウマチが悪くなればまた実家を頼ることもあるかもしれない。
兄嫁さんはもともと、和菓子とは全く無関係の会社員で、とくに和菓子が好きなわけでもない。
それでも兄が好きだから和菓子屋の嫁として店に立ってくれている。
さらに病気の私を実家で受け入れることに同意してくれた。
母の目にはわがままで至らない嫁に映るのかもしれないが、兄嫁さんは母が言うほどわがままでもないし、姑の言うことは聞かないけれど生活の端々で夫の顔を立てて自分は譲るということをしてくれる人だ。