よるのむこうに
店の奥にあるので昼も薄暗いキッチンに、母はひとりで座っていた。
家族と職人さんが揃ってお昼を食べる大きなテーブルの隅に母は肘をついている。今は兄嫁さんが帰ってしまっているので家事の負担が大きく、母はいつもより疲れているようだった。
「田伏の叔母さんから宇治茶を頂いたんよ」
母はテーブルに載せた金箔入りの茶筒を私に向かって押し出した。
私は茶筒の蓋をとった。上品で少し苦味のある香りが舞い上がった。いい香りだ。
「そうなん。よかったやない。いい香り」
「それでね、田伏の叔母さんとちょっと話をしたんよ」
「うん」
私は冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注ぎながら適当に相槌を打った。
「叔母さんのお付き合いのある税理士さんがいるのね」
「うん」
「そこの息子さんがあんたとおなじ高校らしいわ」
「へえ、そうなん。世間は狭いね」
「石田和郎(かずお)くんてわかる?」
田舎の高校は人数も少ないのですぐにその名前を思い出した。
二年生のときに同じクラスだった子だ。三年で理系と文系に分かれてしまったので一緒になったのはその二年生の時が最後で、すごく親しかったというわけではない。落ち着いた性格で優等生の部類だったと記憶している。
「ああ……あの大人しい子」
私の返事を聞いて母は少しほっとしたように表情を和らげた。