よるのむこうに
「そうそう、小林選手のファンなんやってね。この間ワイドショーで見たよ、ほんと、イケメンよね。どうしてモデルやめてバスケットを始めたんかしらね」
スポーツにはほとんど興味のない兄嫁にとってはイケメンは芸能界にいたほうが好ましいらしい。
私はあの天馬がドラマに出演したり、アイドルのように歌を歌ったりするところを想像して笑いをかみ殺した。あのまま彰久くんの会社でモデルを続けていたらいずれはそうなっていたかもしれない。
「あ、そうや夏子ちゃん。店に顔を出したら母屋に寄るようにってお義母さんが言ってたよ」
私は口をへの字に曲げた。
きっとあのお見合いの話だろう。
母屋に入っていくと、母は案の定怒った顔をしていた。
「あんたあのお見合い断ったらしいね。叔母さんから聞いたよ」
「あー……うん」
「いいお話やったのにどうしてなん、あっちが二回目なのが気に入らんの?あんた、えり好みできる立場やないでしょうが」
母はかなり機嫌が悪いようだ。お見合いのことだけでここまで腹を立てているとは思えない。また兄か兄嫁さんと喧嘩でもしたのかもしれない。
「いやー、病気なのに嫁に行くなんて、ねえ。今そんな余裕ないし。
あ、私仕事やからもう行くね」
逃げるように茶の間を抜け出すと、廊下の突き当たりで人影が動いた。そちらに目をやると、兄が手を拭いながら歩いてくるのが見えた。
兄は母がすでに不機嫌であることを知っているらしく、茶の間には入らず私の隣に立った。
「仕事か」
「うん」
「治るまでゆっくりすりゃいいのに。傷病手当、まだしばらく受けられるんやろ」
「そうなんやけど、家にいてもしょうない(仕方がない)し」
「お前らしいわ。本屋にいくついでに送ってやるから待ってぇ(待っていろ)」
「兄ちゃんこそ仕事は」
「今日の分はもう終わった」