よるのむこうに
読み返すのも恥ずかしいくらい、自分の希望ばかりの手紙だった。
そこに残る言葉の数々は天馬のことを思って書いたようでいて、その実、自分の願望と言い訳ばかりだ。
あとは月末までに不動産屋に部屋の鍵を返して欲しいとか、賞味期限の切れた牛乳を気にせず飲むのはやめて欲しいとか、彰久君を大事にしろとか……今思えば余計なお世話だと言われそうなことばかり書いている。しつこく細かい諸注意は私の未練がそのまま紙の上でのたうっているみたいだ。
涙をこらえながら決心して書いたはずの手紙は自分で思っていたよりも生々しく女の執着を物語っていて、私は心底自分が恥ずかしくなった。
忘れてくれなんて体裁だけの言葉だ。
本心は未練だらけで、それなのに半分しか本当の気持ちが書かれていない。
ありがとうの一言も書けないほど、私は自分の気持ちにおぼれていたのか。
「ごめん、なさい……」
「謝られたって許せるようなことじゃねえよ、ふざけてんのか」
「こっちむけよ」
「……天馬……」
「俺を見ろよ、お前のせいだぞ!お前のせいで、俺は……!」
天馬は椅子から立ち上がり、ベッドに膝をついた。
私は彼の剣幕に気圧(けお)されてベッドの上で少し後方に下がるが、すぐに背中が壁にぶつかった。天馬は逃げ場を失った私の胸倉をつかんだ。私の着ているカットソーの縫い目が切れる音が聞こえた。
私は今の今まで人にそんな風に扱われたことがない。ましてそれをしているのが2メートル近い大男。大げさではなく、私は本当に殺されると思った。
私は確かに天馬に対して悪いことをしたし申し訳ない気持ちを抱えてはいるけれど、まさか殺されるほどのことをしたとは思っていなかった。
場合によってはもう彼は私のことなんて覚えていないかもとさえ思っていた。
それなのに、今、天馬は激怒して私に詰め寄っている。