よるのむこうに

身内びいきでそう思うのかもしれないが、天馬はアメリカのバスケチームでも十分にその能力を発揮できると思う。
有名なスポーツ解説者もテレビでそう言っていたし、全く練習していない状態であの樋川選手から二点も取ったんだから間違いない。

でもアメリカで暮らすなら絶対に必要な英語の能力が………天馬の場合は低いどころか、ない。
私は一瞬にして自分が奈落の底に突き落とされたような気分を味わった。


「ビ、be動詞……とか、言える……?」

「Bはさすがに知ってる、バカにすんな。さすがに俺でもEくらいまでなら知ってんだよ」

「いや、その『B』じゃなくてbe動詞の話をしてるんだけど」

「は?」


私の喉から変な音が出た。Eくらいまでなら知ってると自慢げに言っているが、この反応を見るに、彼はアルファベットの「ABCDE」までしか知らないし、be動詞など存在も知らないということではないのか。

天馬が実際にアメリカの地を踏むまでにどの程度の猶予があるのかは詳しく話を聞いてみないとわからないが、彼が英語を習得するまでにアメリカのチームが年単位で天馬を待ってくれるとは思えない。

「そんな、アルファベットも書けないのにどうやって高校受験……」


私の高校英語に対する認識が間違っていなければ、アルファベットも全部かけないような生徒が高校生になるのは難しい。
高校の英語担当だった身として言わせて貰えば、アルファベットも覚えていないような生徒を送り込まれては困る。

「スポーツ推薦だっつっただろ」
「……」

そこでなぜ胸を張る。

これは私の高校教師としての個人的な見解だが、スポーツ推薦枠で優秀な選手を確保するのはまあ……それ自体もどうかと思うが百歩譲っていいとしよう。

でも、スポーツ推薦枠で選手を確保したあと、高校生としての必要最低限の勉強もさせないでスポーツばかりやらせるのはその選手の将来を考えて決していいこととはいえない。だって現に今、私の目の前で学力不足で壁にぶつかっている男がいるからね。どうしたらいいのこれ。

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