よるのむこうに
「俺も夏子ちゃんにお礼が言いたかったんだ。
お礼が遅くなってごめんね」
「……いや、それは……だって私が」
私は恥ずかしさにうつむいた。
「ああ、電話のこと?
そういえば夏子ちゃん、ずっと俺の携帯を着信拒否してたね。俺、女の子に着信拒否されたのは初めてだよ」
私が東京を離れてすぐに、彰久君は何度も私の携帯に電話をくれた。
私はその電話に出ることなく、彰久君を着信拒否にした。
彰久君が嫌いでそうしたのではない。あのとき、彰久君に戻るようにといわれたら、せっかくの決心がぐらつきそうだったからそうしたのだ。
彰久君は口がうまいし、それに私の気持ちをよくわかっている。
私が傍目にもみっともないほど天馬に惚れこんでいることはきっとわかっていただろう。そのうえ、彰久君は口ではいろんなことを言いながらも、結局は天馬のために動く人間だ。
あの時私が彼の電話を取っていたら、きっと彰久君は私に戻れといっただろうし、私もその言葉を聞かされて冷静に対処できる自信がなかった。
とはいえ、彰久君と私の間にいざこざがあったわけではない。
挨拶もなしに一方的に連絡を絶つのは罪悪感があったし何かと私達を思いやってくれていた彰久君に対して後足で砂をかけるようなという形容に相応しい失礼な行為だったと思う。今こうして彰久君がなんのわだかまりもなく私達を見送りに着てくれているのが不思議なくらいだ。
だから、当時の私は悩んだ挙句に彰久君の事務所にメロンを送った。彰久君がメロンを好むかどうかはわからなかったけれど、趣味ではない上に後に残るものを送られるよりはましだろうと判断してのメロンだった。